日本の川と路線
秩父鉄道 荒川・寄居~熊谷区間
この記事は、雑誌playboating@jp Vol55の掲載から転載したものです
毎年、テレビやラジオでサクラ前線が話題になってくると、「どこか花見ツーリングできるいい川がないかな?」と思いをめぐらす。のん びりと川面に浮かびながら空をぼ~っと眺めると、 視界にサクラの花びらが差し込む……。そんな景色を楽しめたならいいなと。
実は身近に花見向けの川がある。筆者のホーム ゲレンデでもある荒川だ。長瀞はもともとサクラの名所として有名な観光地。 もちろん、長瀞はもう数えることができないほど下っている。花見シーズンもしかり。
しかし、 この荒川、寄居より下流は下ったことがない。家からほんの数分のところを流れており、毎日のように目にしているにもかかわらずだ。スポットで 漕ぐことはあるが、ダウンリバーはない。ほかに下ったというレポートも聞かない。 理由はいたってシンプル。それだけの魅力がないからだ。難しい区間ではないし、下った人はいるだろうが、噂になってカヤッカーを引き寄せるまでにはいたらない。下ったことがないからはっきりとは分からないが、瀞場が多く、たいした瀬もないはずだ。街なかを流れるから、自然の情緒を味わう感じでもなかろう。
もうこの地に20年以上住むが、なんとなく気になりながらも、このごく身近な水路でパドルを 握る動機づけがなかった。唯一、興味をくすぐられるのが花見の時期。土手には桜が咲き、なかには名所になっているところもある。「よし、今年こそこの区間を下ってみよう!」とついに重い腰を持ち上げた。
まずは、スタート地点とゴール地点の選定だ。 荒川には玉淀ダムがある。長瀞から10㎞ほど下ると、波久礼のあたりでダム湖となり、川下りは そこで中断となる。今回のスタート地点は、そのダムの下、寄居の街なかにある正喜橋にした。緩い流れのなかに岩が点在する、初級者レベルには よい練習場所で、たまにカヤックを漕いでいる人を見かける。自分も何度も利用している。玉淀駅が最寄り駅だが、寄居駅から歩いてもそう遠くはない。
スタートはここでいいとして、問題はゴール地点だ。 「熊谷まで行きたいな」。
熊谷の河川敷は桜で有名で、見ごろの週末には 桜祭りも開催されている。駐車場が近くて河原も上がりやすい。ベストなプット アウトではないか?と思ったが、予定している日はちょうど桜祭りの日と重なっていて、河川敷はかなり混雑するらしい。 「イベントで注目を浴びてもなぁ~」。 それに距離も20㎞を超えている。漕ぎ切れない距離ではないが、ほとんど瀞場で進みが遅いなか、どのくらい時間がかかるか読みにくい。のんびりツーリングしたいのに、ガシガシ漕ぐのもなぁ。Googleマップを見ながら、候補になりそうな、 各駅に近い河原をチェックしていく。なかなかい い場所がない……。
マップを追っていくと、堰堤が2カ所ある。ここはクリアできるのだろうか? 下見で川沿いの道路を走って確認してみた。ひとつ目の堰堤は重忠橋 ばしの真下にあり、かなり大きな堰であるが、右岸に魚道のようなものが作られており、カヤックはそこを通過できそうだ。ふたつ目は、そこから約5㎞下流、明戸駅近くにある。規模はひとつ目ほ ど大きくはなく、いったん岸に上がれば、また川に降りることに問題はなさそうだ。しかし、そのあとがかなり浅くなっている。ここより下流を下るのは辛そうだ。 距離的にも正喜橋から10㎞ちょっと。このくらいが適当かもしれない。明戸駅もそんなに遠くはないが、右岸側にちょっとした公園があって、 ここに車を止められる。駐車スペースがあるなら車回送のほうが楽だ、今回はここを利用しよう。 駅でいうと秩父鉄道・寄居~明戸駅間、およそ11 ㎞になる。
よく長瀞に漕ぎにきている常連に声を掛けた。 4月の第1日曜日、桜もちょうど見ごろを迎えた。天候は快晴とはいかず、薄曇り。桜の開花時期は短い。チャンスはそう多くはない。急な呼 びかけではあったが、当日は8名が集り、賑やかな花見となった。親子でダッキーのメン バーも。こういう川なら、子供を連れて家族で一 緒に川下りを楽しめる。
スタート地点の正喜橋河原ではさっそく桜並木が出迎えてくれた。しかし、木の数が少ないからなのか、やや暗い空のせいなのか華やかな感じはなく、花見気分を盛り上げるほどではない。ここはスタートが広いプールになっており、ウォーミ ングアップにちょうどいい。
体が温まったところで、さあ、花見ツアーのスタートだ。プールのすぐ下は長い瀬になっている。流れはさほど強くないが、岩が点在してい て変化がある。エディキャッチしたり、ちょっとしたウエーブで サーフィンしたりして感覚を慣らしながら、テン ションも上げていく。
ひとつ目の瀬が終わり、東武東上線の鉄橋をくぐると、そこから先は初めて下る流域だ。たいした瀬がないことは分かっているが、初めての川はいつでも「どうなっているのかな?」という楽しみがある。ゆったりとした区間がほとんどではあるのだが、ずっとこんな流れかと思いきや、適度な落差のある瀬もあった。初級者なら十分に楽しめるのではないだろうか? 近所とはいえ、道路から見えない区間は、こうして実際に足を踏み入れてみないと分からないものである。
瀬の終わりのカーブの土手が、一面、鮮やかな黄色に埋めつくされている。一面に咲き誇っている菜の花だ。花 見は桜と決めつけていたが、菜の花もなかなか鮮やかである。
しばらく行くと「かわせみ広場」に着く。ここは見慣れた光景だ。岸向こうには「川の博物館」 のシンボルである大きな水車も見える。水遊びのスポットとして有名な場所で、夏場はカヤックやキャンプを楽しむ人が多い。この日も多くのレジ ャー客がタープを広げて花見を楽しんでいた。
宴会を横目に見ながら、我々はカヤックを進めた。この先は再び、未知の世界が待っている。 「かわせみ広場」の前は、流れがふた手に分かれている。以前は広場サイトの右岸が本流だったのだが、現在は渇水時期だと完全に涸れ沢状態だ。 左岸は細くなり、草が生い茂った中州の奥に消えている。以前は行き止まりのプールだったのだけど、川の流れは変わるものだ。いつの間にかこちらが本流になっている。
細い左岸を漕ぎ進むと、中州が終わるところで右にカーブして、以前の本流だった流れに合流していた。そして、このカーブがいい感じの瀬にな っていた。基本はざら瀬であるが、それなりに落差がある。ここまで勾配が緩かったので、急に流れが速くなって面白い。「ダッキーの前に乗ってい る子供(小学2年生)は大丈夫かな?」と思って見ていると、笑みがこぼれている。やはり、子供でも白波のほうが楽しいのだ。
途中、岩の上で日向ぼっこをしている亀に出会う。街中を流れている川だが、この辺りは道路から離れて人工物が見えない。想像していたより違う景色で、いや、下ってみないとわからないものだ。
しばらくすると人工物が見えはじめる。といっても人家ではなく、工場だったり、大きな倉庫だったりで、殺風景な感じだ。このあたりは、 もう深谷市に入っているはずだ。途中で建設中の橋にも出くわす。大自然の雄大な景色は感動的だが、こういう人間臭い川も、これはこれで探検している感があって面白い。
橋を過ぎると、なにやら奇岩地帯に突入していった。「鬼の洗濯岩」とでも言うのか、大きく岩が突出しているのではなく、筋状に細長く、いくつもの帯となって川幅全体に広がっている。全体的に浅いのだが、場所によってはカヤックが通れないくらい浅くなっており、まるで迷路のよう。カ ヤックが通れる水路を探して右往左往しながら下った。
奇岩地帯を抜けてもさらに浅瀬は続き、川幅が広がるとついにストップ。歩いてもくるぶしくらいしか水深はない。今の時期は、まだ冬から続く渇水状態。梅雨の水量が多い時期に下ると、もっと快適にツーリングできるかもしれない。 歩いたのは少しだけですんだが、深くなってきたと思ったら、これは堰堤のせい。ほぼデッドウ ォーターになる。 堰堤は越えられないが、下見で見つけていた脇の水路を行く。入り口が競馬のゲートのようになっていて、カヤック1艇がなんとか通れるくらいの幅だ。まさに突入する形で水路に入ると、流速があって楽ちん。
そして、水路が終わって堰堤下に出ると、なんとプレイスポットが! 放水口がいい形のホールになっている。浅いので縦技はできないが、スピンの練習にはいい流れ。もう少し水 深のあるときに来たら、いろいろ遊べるのではと 期待してしまう。
距離的にはもう半分を過ぎたが、このあとは、 ほとんどが浅いところや瀞場。たま~に小さな落ち込みがある。のんびりと下ればいいのだが、手 を休めていると景色が変わらない。瀞場は漕がなければほとんど進まないので、単調なフォワード ストロークを続けなくてはならず、ちょっとした 体力トレーニングだ。もう少し流れがあったらなと思う。 川岸に目を向けると、相変わらず菜の花がいっぱいだ。たまに桜並木があって、桃色と黄色のコ ントラストを楽しめた。空が青でなくグレーなのが残念だ。 最後に落ち込みがあり、ここを降りたらゴールはすぐそこだ。落差は1mもないほどだが、落ち 込みの下は見えないから、「どうなっているのか?」 と、ちょっとドキドキする。まあ、下流から見るとなんてことはないのだが、こういうアクセント は欲しい。最後は堰堤で上がって終了。
近所なのに初めて下った川。身近にありながらずっと遠かった川。予想どおり、レベル的には退屈だが、想像とは違った見慣れない景色に少し驚いた。人気になるコースではないだろうが、意外と変化もあって、初級者には十分楽しめるのではと思った。もう少し水量のある時期を選べばストレスもないだろう。