かつての名艇イナゾーン232が復刻!

 イギリスのピラニア社からイナゾーンが登場したのはたしか1998年。当時は最新のフリースタイルボートで、フリースタイルカヤックの大会でも使用率が高く、人気No1の機種であった。筆者も、当時ピラニアのサポートを受けてこのボートに乗っていたのでなんとも懐かしい。が、20年の月日が流れると、今ではこのボートを知らないカヤッカーの方が多いのかもしれない。

オールドスタイルの復活

 かつての名艇が2020年、復刻製造されることになった。いまさらなぜ?
 その背景には、昨今、リバーカヤックにおける遊び方が見直されつつあるからだろう。イナゾーンがリリースされた当時、フリースタイルプレイが流行の先端を突っ走っていた。各メーカーが毎年争うようにNEWボートを開発、発売してきた。ボートの進化と同時にムーブ(技)も進化し、以前では信じられないようなアクロバティックな動きが可能となった。スポーツ競技としても成熟し、将来、オリンピック種目となる期待も掛かっている。
 一方で、頭打ちな状況も見られるようになり、かつてのように誰もがフリースタイル!といった時代ではなくなった。技の難易度が上がると、誰にでもそれが可能なわけではなく、手の届きにくい領域も存在する。(もちろん、それは魅力あることだと思っています。)
 であれば、なにもサーフィンやスターンカットなどをして遊ぶのに、最新フリースタイルボートでなくてもいいのではないか?ダウンリバーをしながら、ウェーブを見つけては、サーフィンを愉しむ。そういう『リバープレイ』と言われるスタイルが潮流となりつつある。(フリースタイルボートはその技に特化するために、ダウンリバー性能を犠牲にしている部分がある)
 そして、各メーカーもそのラインナップに注力するようになった。ピラニア社では、LokiやZ-Oneがそれにあたる。そこでイナゾーンだ。もともとプレイのために開発されたボートだし、長さ的にダウンリバー性能も確保している。「あのボート、楽しかったよね。」そういう声に応えての復活なのである。

リバープレイ
遊びながらダウンリバーするリバープレイのスタイルが人気

改良点と試乗インプレッション

 懐かしいボートの復活だが、20年前と全く同じ物なのか? 変更点はあるのか? 改めて試乗したそのインプレッションをレポートします。

進化したアウトフィッティング

 ハル(型)は以前のままのようであるが、仕様がそっくりそのまま全てが同じなわけではない。アウトフィッティングは時代の進行に合わせ便利になっていた。ちなみに素材は環境に配慮したリサイクルポリエチレンを使用しているそうだ。
 まず、感じたのは『丈夫になったな』という点。以前のバージョンは、プレッシャーが強く掛かるコーミング部分に割れが発生したケースが見られたのだが、今回は強く押しても歪みを少なく抑えるように工夫されている。サイブレスを強く抑えると、コーミングに歪みが生じていたのだが、サイブレスの素材をある程度弾力のあるものに変えることで、ここで力を吸収、コーミングへ大きなプレッシャーが掛からない対策をとっている。
 シートは”Stout”と呼ばれるフィッティングシステム*が装備され、以前より軽量化を図っている。(*ピラニア社独自のフィッティングシステムがいくつかあり、Stoutはその上位バージョン)薄くて頑丈な立体成型のシートの上にパッドを敷く構造になっており、このパッドの下にフォーム材を挟むことで高さ調整も出来るようになっている。
 サイドパッドは少し小さめな気がするが、フォーム材を入れるポケットがあり、厚みの調整は簡単にできる。また、バックバンドも高さ調整機能を備えている。これらのカスタマイズは以前よりだいぶシンプルになったものだ。
 さらに細かい点として、シート後部にドライバックなどを装着しておけるループが備わり、実際にカヤッカーが感じている欲しい機能が反映されているなと思った。

軟質の素材でコーミングへの負担は少ない。ホールドはもう少し欲しい。
グラブループも以前のものとは仕様が変わった。当然、使い勝手はいい。

ネジ部の防水性も良くなっている
シートは座り心地も良く、排水の溝がある。シートの下にフォーム材を挟んで高さ調整できる。
バックバンドの張りもしっかりしている。ドライバック等を掛けるループを装備。

ヒップパッドの厚み調整は簡単だが、少し小さいかな。

スペック チェック!

ここでスペックを見てみよう。メーカー発表のスペックは
全長:232 ㎝ 全幅:65 ㎝ 重量:15 kg ボリューム:196 L 適合体重:65 – 95 kg となっている。
 以前のイナゾーンシリーズは212、222、232、242と4サイズの展開であったが、復刻は232のみ。サイズが選べないのは残念だが、そこは最も売れ筋のサイズのみということなのだろう。日本人の体格からすると下のサイズも欲しいところだが、プレイよりもリバーランに重きを置くなら、むしろこのくらいボリュームがある方が安心だ。膝回りのボリュームは抑えてあるので、小柄な人でもフィット感はよく、メーカー発表の適合体重より、もう少し下の体重の人までレンジを広げても問題ないと思う。
 重量は15kgとなっているが、実際に持った感じは重さを感じる。シートは軽量なものを使用しているので、本体素材の厚みだろうか?そうであれば、その分頑丈とは言えるが。
 ちなみにお値段は定価¥146,000(税別)となっている。お手頃な価格のほうだろう。

横からのシルエットはスライシーなエンドがわかる

シャープなエッジと操作しやすいボトムハルデザイン。

切れ味がシャープな速さを感じるボート

 試乗して最初に感じたのが、ストロークが入れやすいこと。最近のプレイ面を意識したボートは膝回りのボリュームが大きくなる傾向がある。幅も高さも膝回り部分は大きいのが特徴だ。ボリュームを稼ぐために必要な面でもあるが、人によってはそのハイボリュームが邪魔に感じることもある。対し、イナゾーンは全体的に高さを抑え、最大幅は真ん中よりも少し後ろにある。そう、スラローム艇を短くしたようなシルエットなのだ。ストロークラインの幅が細いので、フォワードストロークでパドルを垂直に近く立てて漕ぎやすかった。
 最大幅が後ろにある先細りの形状なので、前からの抵抗も緩和、水を切り裂きながら加速する感覚だ。ダウンリバーではスピードは大事、やはりこのくらいの長さがあると、スピードに乗った動きができ安心だ。
 また、エッジのチャインがはっきりしているのも特徴。エッジがしっかり切り込み、シャープなターンを描いてくれる。エディキャッチで狙ったラインをトレースしてくれて、ストリームイン、アウトの練習が楽しかった。加速がよく、慣性もコントロールしやすい。日本の中級的なクラスの川のダウンリバーには十分な性能だと思う。

 プレイ面はどうだろう? テスターの体重(60kg弱)では、さすがに232のボリュームは縦回転をするには難しい。適正体重ならスターンカットが楽しいだろう。
 サーフィンでは、長さがあり、ロッカー(反り)も低めなので、小さいウェーブではバウが刺さりやすい。しかし、エッジの切り返しが容易なので、バウに乗った水をすぐさま切り落としてくれる。初級者が遊びやすいフェースの緩いウェーブでは楽なサーフィンができるだろう。スピンでも長さ的には引っ掛かるが、切り返しのしやすさと、薄いスターンエッジが水をスライスしてくれる。

スピードに乗って、落ち込みも突破しやすい
バウに水が乗ってもエッジの切り返しで水を落としやすい

初級者向けのリバープレイに

 総合して、初級~中級クラスの川でのリバーランニングが楽しいボートと言えるだろう。そのクラスの川を下るには十分な性能を持ち合わせており、さらに、途中にいいウェーブがあればサーフィンも得意とする。ハイボリュームなリバーランニングボートだと、ダウンリバーは楽だがプレイスポットでは動きが重すぎる。そんなもどかしさはない。どちらかというとプレイよりはリバーランに傾倒したボートで、初級者レベルからのダウンリバーや、サーフィンで遊びい人にお勧めです。