ダッキーで楽しむ
ホワイトウォーター・ダウンリバー
新潟県・信濃川
この記事は、雑誌playboating@jp Vol54の掲載から転載したものです(一部加筆)
信濃川は日本一長い川として知られている。そう、日本一の川なのだ。なんでも一番は素晴らしい。 当然ながら日本一長いから、区間もいっぱいある。上流域は、千曲川や犀川という名称で、カヤックゲレンデとしても有名である。 今回、我々が下ったのは十日町あたり。下流域らしいゆったりとした流れに、いくつかの大きな落差のある瀬が我々を迎えてくれた。
今回選んだ区間は、夏の間じゅう一定量以上の 豊富な水が流れている。実はこの区間、以前は夏になると渇水していた。発電用に取水されていたからだ。そのため、渇水による生態系の問題などが持ち上がり、「失われた川を取り戻そう」という市民運動が広まった。そして2010年から試験放水が行われるようになり、川はよみがえってきた。今後は市の方針として、夏場は60t(ト ン/秒)、冬場は40t以上を放流することが決ま ったそうだ。
その豊富な放水量を武器に、観光資源としてラフティング事業もスタートさせ、この川で遊ぶ人々が増えつつある。こうした情報は以前から聞いており、前々からこの区間を下ってみたいと思っていた。そこで、地元カヌークラブに所属し、ラフティングやカヌー体験をサポートしているO氏にガイドをお願いした。
その日の関東地方は雨。かなりのどしゃぶりだった。これからカヤックをしにいくとは思えないほどの雨だ。予報では新潟は曇りなので、「関越 トンネルを超えれば大丈夫なはず」と期待しながら関越道を北上する。沼田あたりから雨は上がり、 トンネルを抜けたら空もやや明るくなった。
集合場所は、スタート地点でもある「ミオンなかさと」。宿泊、食事ができる十日町市の温泉施設だ。宮中ダムの直下にあり、ここから下流は60 t放水が保証されている。集合場所に着くと、広い駐車場横の、きれいに整備された緑の芝生の土 手が目をひいた。平日とあって駐車場はがらんとしていたが、ラフティング業者の集合施設もあり、 スタート地点としてなかなか利用しやすい環境に ある。ゴールのあとに戻ってきて温泉に入れるのも嬉しい。
車からダッキーを降ろして、軽くポンプアップし、芝生のところにデポしてゴール地点へと向かう。プットアウトは約10㎞先の、十日町市街地の河川敷。ちなみにツアーラフティングは鉄道「ほくほく」 線の鉄橋がかかる堤防をゴールにしているとのこと。こちらのほうがゴール地点としてはプットアウトしやすいだろう。
スタート地点に戻り、最終ポンプアップをする。 ラフティング業者のためか、土手から河原に降りる階段があって、エントリーは楽ちん。川の水はやや濁っている。もともと透明度は高くないとのことだが、朝の雨で普段よりも多少茶色く濁っているそうだ。スタート地点は瀞場で、すぐ上流は小さな瀬になっており、ウォーミングアップにちょうどいい。フェリーの練習をしたり、ちょっとしたウエーブでサーフィンにトライしてみたりする。 体がほぐれたところで、さあ、ダウンリバーのスタートだ! といっても、初めは瀞場。のんびりおしゃべりしながら、ゆっくりと歩くスピードでダッキーは進む。川幅は広く、右岸の崖は緑が濃い。 左岸は遠くまで河原が広がっており、開放感にあふれている。しかし残念ながら、雨は上がったものの曇り空。真っ青な空が広がっていたら、もっと気持ちいいだろうにな、と惜しむ。
少し漕ぎ進むと、川の真ん中にテトラ(消波ブ ロック)の残骸が見えはじめ、最初の瀬を迎えた。 大増水時に岸から流されてきたのだろう、ところどころにテトラが鎮座しているのが見受けられた。 放水量60tでは、険悪な感じで流れがぶつかってはいないものの、この区間では、テトラには常に注意しておくべきだろう。 最初の瀬はテトラを右横に見ながら、右カーブで落ちていった。流れの幅は狭くなり、シュート 状に落ちている。それなりの落差があり、瀬の入り口では先がどうなっているのか見えない。カーブしているので、先行したO氏の影も見えない。 初めての川は様子がどうなっているか分からないから、見えない不安と期待がドキドキ、ワクワクと迫ってくる。ドロップに差しかかり、全容が見えたら即座にラインを読む。とくに避けなければいけないような岩やホールはない。ど真ん中狙いだ! 波の最も高いラインを選んで漕ぎ抜ける。 こういう三角波は、ダッキーだとリジットタイプのカヤックよりも大きく跳ねて、よりダイナミックさを感じる。
このあと全般でそうだったが、落差はあっても、 とくにいやらしい障害物はない。基本、真ん中コ ースを進めばOKだ。こういう瀬は、実にダッキー向きである。ラインの変更がないから、細かい操作が苦手な初級者でもトライしやすい。波のトップを狙って思いっきり突っ込めばいい。波は高くても、ダッキーの安定性があればたいていは大丈夫。慣れたカヤッカーなら、波のバウンドに合わせて重心を移動し、より大きく跳ねるように楽しむこともできるだろう。波から飛び出す感覚は、ダッキーの醍醐味だ。
瀬が終わり、またしばらく瀞場が続く。
この区間は、はっきりとした瀬と瀞場が交互に現れる。 つぎの瀬は、川の両端にテトラが顔を出しており、 真ん中だけが崩れたのか、そこがラインとなっている。中央にもいくつかテトラが残っているのか、 やや波は荒れている。少しコースを外れるとテトラにぶつかってしまいそうだ。以前は本流上にも テトラがあったのだが、ラフトボートが通りやすいようにと市が撤去してくれたらしい。観光資源として本気でラフティングに取り組もうとしているのが伺える。
そうこうしているうちにつぎの瀬へ。先ほどの テトラの瀬は短かったが、今度はロングの瀬だ。 しかも幅が広く、岸は自然石でテトラもない。どこを通ってもOKなようだ。なるべく波の高そうなラインを拾って下る。波間に見え隠れするカヤックを撮影することができた。
瀬が終われば、また瀞場だ。似た景観が続くとだんだん退屈になってくるので、ここはダッキーのお約束、立ち漕ぎ大会に興じた。スターンの端に立ち、ピボットでボートを回す。ちょっとふらつくと、すぐさま膝を下ろす。あまり水はきれいではないので、落ちたくはない。
穏やかな流れを漕ぎ進んでいくと、テトラがいっぱいに積み上げられているところに、地層がはっきり分かる壁が見られた。泥の地層の中に大小の石が埋まっており、河川が運んだ土砂が堆積した土地であることが分かる。もろい地層だからこ そテトラも必要だったのかもしれないが、カヤッカーとしては残念な光景のひとつだ。
コースも後半に入ったころだろうか、橋がかかり、そのたもとの壁に流れがぶつかっている。そして、その上流は落差の大きい瀬になっている。 この瀬は回送途中に橋から下見をした。瀬の核心部から壁までの距離は充分にあるので、壁までも っていかれることはないだろうが、初級者は早めに本流から外れたほうがいいかもしれない。この瀬も流れが集中し、高い波を連続 させている。ジェットコースターのように一気に滑り下りた。
この瀬を過ぎると、あとは小さめの瀬となる。 これまでの瀬と比べると、物足りなさは否めない。 しかし、ダッキーなら小さな瀬でも面白い楽しみ 方がある。スタンディングで下る方法もあるし、 スターンにずれて座るだけでバウが立ち上がり、 小さな波でもバタンバタンと跳ねてくれる。うつ伏せに寝転んで顔を水面ぎりぎりに出すと、間近に波が迫ってくる。横座りや寝そべって、単純に 流されるままに下るのもいい。 「あ~、なんて楽ちんなんだ」。
テクニカルに急流を攻めるのも面白いが、こんな余裕をもって、水遊び感覚で川下りできるのも素晴らしい。
小さな瀬をいくつか超えて、「これで終わりか な」と思っていると、最後にラスボスが待っていた。テトラの堰堤になっており、一カ所だけが抜けている。ここを通るわけだが、けっこうな落差だ。
もし、この落ち込みが連続する瀬の中にあるなら躊躇するだろう。ただ、ドンと落ちて下は瀞場になっている。たとえ沈してもリスクは低い。 岸からスカウティングをして、ひとりずつトライする。堰堤上からゆっくりと近づき、リップまでくると、ストンと落ちるように吸い込まれた。 そのあとは真上からのスプラッシュ。いや~爽快でした。
この瀬が終わると、ゴールまではあと少し。岸には採石場が並び、重機がガコンガコンと大きな音を立てていた。これも街の大きな資源になっている。 特に難しい川ではないが、ザップンザップンの大きな波に満足。
ゴールのあとは、地元名物「へぎそば」 でお腹も満足、充分に楽しめた新潟トリップだった。失われた川は蘇り、サケの遡上も急増しているという。ラフティング事業では宿泊客も増加した。水がなくなったのは人間のしわざではあるが、地元の人々の努力で、日本一を誇れる川が戻ってきた。こんな楽しいカヤックができたのも、そのおかげなのだ。