雑誌playboatingで連載していた『クリーク、はじめました。』
後半の方は、もうクリークネタではなくて、カヤック全般に関するノウハウでしたね。が、その内容は、小森君がこれまで膨大な時間を掛けて得た、カヤックの本質に触れたとても濃いモノでした。読者の一人であった私も、毎回、感銘を受け、いろいろと教えられることも多かったです。
そして、今回、続編というか、また貴重なネタを頂きましたので、紹介します。

クリーク、はじめました。 特別編

水、掴んでいますか?

 さて、今回特集するのは、「水の掴み」について。なんだよ、流石にそれは出来るよ。と思っているあなた。実のところ、私は5年くらい前まではちゃんと理解していなかったし、出来ていませんでした。
 当然と思っていたことが、実は全く分かっていなかった、というのはカヤックあるあるです。あなたはどうでしょうか?

まず、パドリングのベース(基礎)には2つのキーワードがあります。

パドリングとは

①体幹を使う + ②水を掴む =

パドルは固定して(そこを起点に)ボートを押し出すこと

 第1のキーワードとして、①体幹で漕ぐことが挙げられるが、これは何度もプレイボーティング誌でも話をしてきたとおり。 簡単にいうと、パドリングは腕でやってはいけませんよ、良い姿勢を保ち、体の捻りを使ってより大きな筋肉でボートを動かしましょう、というもの。
 そして、第2のキーワードとして、②「水を掴む」ことがある。
 この二つがベースとして土台にあってこそ、「パドルを(水中に)固定して、そこを起点にボートを押し出す」という目指すべきフォワードストロークへと辿り着ける。
 どちらが欠けても目標とするパドリングには到達しにくい。例えるとするなら、掛け算の九九を目標とした場合、①足し算と②引き算はベースとして絶対必要である。①と②、どちらかが欠けていた場合、たとえ九九を単純に暗記して覚えても、その後の実践では使えない九九となるはずである。これと似たような話と考えてもらえればと思う。

それでは本題の「水を掴む」には何が必要なのか?

答えを言ってしまいます。
それは<パドルを引いていった時、水の重さが変わる瞬間を感じとること>なのです。
そう、水を掴むためのタイミングバロメーター(指標)は、「パドルのキャッチ面が重く変化する時」なのです。

 話は少し変わるが、私自身、フォワードストロークについては、ワイルドウォーター全盛期の八木さんから教わり、奥多摩のダム湖で随分時間をかけて練習してきたのでそれなりに自信があった。腕ではなく体幹(体の捻り)を使って漕ぐ癖を練習で塗り固めてきたので、体幹でのフォワードストロークは悪くない仕上がりであった。
 一方で、今考えてみると、「水をちゃんと掴んでいたか」、と言われるとそうではなかった。
 大きな原因として、ワンストロークの力のインパクトをパドルの入水と同時に入れる癖がついていたのだ。わかりやすく言うと、パドルをバウ付近でいれた瞬間に、必ずインパクト的にグッと力を入れる癖がついていた。
 何が問題かというと、「パドルを入れた瞬間」というタイミングである。基本的に水が掴めるタイミングというのは、入水の瞬間に来ることはない。フル回転で静水のフォワードストロークを練習している時はこのタイミングでいいのだが、フル回転で流水を漕ぐことなど基本的にない。また、水に合わせることが基本となる流水のパドリングで、フル回転の漕ぎをやってしまうと非常に効率が悪い。オリンピックでみるスラローム選手のパドリングがそう早くないのは、この点でとても参考になる。

 では水に合わせて効率的なパドリングをするためにはいったいどうすればいいのだろうか?
 答えは前述のとおり、「パドル面に水が乗るまで待つ」なのだ。
 フォワードストロークのパドル入水からスターン方向に向かってパドルを漕ぐ過程を考えてもらいたい。ゆっくりとパドルを引き始めると、流れとボートの動き(進み)とがリンクする瞬間が必ず出る。このタイミングに必ずパドルのキャッチ面が重くなる。そして、その瞬間に合わせてインパクト的に力をいれてやると、結果的に水が掴めるのだ。

 「水を掴む」というと、多くの人が「当然出来ている」と思い込んでいるのかもしれないが、もしもこの感覚(パドルに水が乗る感覚)が分からないで漕いでいるのなら、残念ながら正しく水を掴むことはできていないといっていい。パドル面に水が乗っていないのにがむしゃらに漕いでしまう作業は非常に効率が悪く遅い。猟に例えると、猛獣狩りに来たのに、散弾銃しか持っていない、というような状況だろうか?弾が広範囲に広がってしまう散弾銃では鳥は撃ち落とせても、熊はおろか鹿すら打ち取れない。急所に狙いをつけられ、威力のあるライフルが絶対に必要になってくるのだ。
 そして、水を掴むことが出来ていないパドラーにとって、悩みの種になりやすいのがブーフ。これは落ち込みのブーフポイントを目だけで追って、水を感じることなく即座に力を込め手こいでしまうことによる失敗例が多い。目視の決め打ちでブーフをすると、水を掴むことが出来ていないので、どうにもうまくいかない。誤魔化すことは出来るのだが、フラット着地を狙って打つようなことは難しい。


・ブーフ失敗例
左(上)の連続写真は、自分のタイミングでブーフストロークをしているため、水が掴めておらずボートが動いていない。結果的にバウが下がりながら落ちてしまっている。

 実際に水を掴むための練習方法を紹介します。練習方法といっても、パドルの重みの変化を感じ取ることが全てなので、そこを意識して漕ぐしかない。なので、パドル面が重くなった瞬間に力を入れることがどれだけ効果的なものか、自分で気付くことを目標にしてお題を挙げていきます。

ロール

いつも通り自分の得意なロールをやってみる。その際、パドル面に集中して、いつもよりゆっくりとパドル操作をしていきましょう。すると、パドルのキャッチ面が重くなる瞬間が必ずくるので、そのタイミングに合わせて腰を返してみる。適当に力を入れていた時と比較すると、びっくりするくらい楽に起きられるはずです。これこそが水を掴むということであり、実はフォワードストロークだけではなく、すべてのストロークに通じるものとなる。
 さらに、よりシビアに掴みを感じたい人におススメなのはハンドロール。驚くことに手の平だけで水をキャッチした時も、その重さが変化するタイミングがくるのだ。ステップアップとして是非、挑戦してもらいたい。
 また、ロールではないが、おなじみスターンスクォートでも「水を掴む」意識をすると、たとえ長いボートであっても、楽にボートを立たせることが出来る

ブーフ

前述したとおり、失敗例の殆どは、目視だけでブーフポイントを決めて自分のタイミングでブーフをしていることにある。50㎝程度の落ち込みからでもよいので、次の方法を試してもらいたい。

 まずブーフポイントまでゆっくりと漕いでいく。
①ブーフポイントと思われる場所にパドルを合わせる。
②ポイントでゆっくりとパドルを漕ぎはじめるが、力は込めない
③パドルが重くなった瞬間に力を込めて漕ぐ。

 ②からブーフストロークを打ち始めてはいるのだが、すぐにインパクトは入れないことが最大のコツ。パドルが重くなるタイミングが必ずくるはずなので、そこですかさずインパクトを入れるようにする。流れが落ち込みにより、水平から垂直方向に変化することもあり、如実にパドルに水が乗る瞬間がくるはずだ。

ダウンリバー

 ダウンリバーする際に、出来るだけパドル数を少なくして漕ぐ癖をつける。その分、ひと漕ぎひと漕ぎのパドリングをしっかりやる。パドルの重みを感じて、水を確実に掴みながら下っていきましょう。「ゆっくりでも滅茶苦茶早い!」ことに気付くはずです。出来ればボートはフリースタイル艇ではなく、ダウンリバー艇もしくはクリーク艇でやってみましょう。

フリースタイル艇の罪と罰

最後に「水を掴む」を習得するために、ボート性能に焦点を当てた話をしてみる。
あまりにも短くなりすぎたフリースタイル艇。少し前の時代では180㎝でも短すぎるといわれていたはずなのに、今では160㎝台のボートが当たり前になってきている。限界まで短くなったことにより、エアームーブがとても気持ちよく、よりキレが出るので、フリースタイルをさらに楽しむには必要な進化なのだろうと思う。また、静水カートホイールなども200㎝以上もあった、かつてのボートと比べると、少し力を入れれば、簡単にポンポンとバウ・スターンが刺さってくれる。弱い流れや浅いスポットでも、手軽に楽しむには持ってこいのツールとなっている。
 ただし、悲しいことに今のフリースタイル艇にはとても大きなデメリットが存在する。何を隠そう、フォワードストロークで水を掴む感覚が非常に分かりにくいのだ。フォワードストロークをやっても、短いボートが敏感に反応してすぐに動いてしまうため、ブレード面の重みが変化するタイミングがあまりない。スイープストロークになると、流石にそのタイミングはくるのだが、長さのあるダウンリバーボートと比べてしまうと、やはり分かりにくい。「フリースタイル艇だけを使っていると、カヌーがうまくなりにくい」とよく聞く話は、水を掴む感覚が分かりにくいなら、当然のことである。
(※静水も含めて、カートやスプリットホイールなどのバーティカルムーブなら、水を掴む感覚はわかりやすいことは補足しておきます。)

二刀流スタイルの勧め

こういった理由から、フリースタイルパドラーにも、ダウンリバー艇との二刀流スタイルでのカヌーをお勧めしたい。
 クリーク艇という選択肢もあるけれど、クリーク艇の重量は20キロを超えるものが殆どであり、その巨大な形状も併せてダウンリバー艇と比較するととても動かしにくい。クリーク艇というスタイル自体がカッコイイことに異論はないけれど、落差のあるクリークをメインに漕ぐという大前提がなく、純粋にカヌーが巧くなりたいなら、最初に手を出すべきはダウンリバーボートだと思う。私自身、最近ジャクソンカヤックのアンティックスという240㎝くらいのダウンリバーボートをメインに使いはじめた。スラローム艇を意識したセミクリーク艇とも言える最近流行りのニューシェイプのボートだ。ダガーやワカ、リキッドロジック社なども続々と同タイプのモデルを出している。とても動かしやすく軽いボートで、(回転性能に振っているので)足は早くないが、水の掴みはとても分かりやすくブーフも良い。また純粋に軽いということが、想像以上の動かしやすさと「川にいきたい」という大きなモチベーションを生んでくれる。カヌーが巧くなりたい、という方にはとってもおススメのボートなのです。

 今回はこれでおしまいです。是非とも「水を掴む」感覚をマスターして、カヌーという深淵のさらに深い場所までDIVEしていきましょう。Lets paddlng!

小森 信太朗
1978年生まれ、大阪府出身。
フリースタイルカヤック日本代表選手。関西で育つが、カヤックに魅了され、決まっていた就職を蹴ってまで、カヤックに没頭できる環境に身を置くために東京・青梅に移住。クールな外見とは裏腹に、実は熱い男。カヤックに対する探究心は今なお衰えない。